スカイゲートインターナショナル 代表の筒井です。 僕がなぜ英語や国際交流を好きになったか。それは単純に、言葉が通じて意思疎通できたときの喜びが尋常じゃなく大きいから。些細なことでもいい。異文化の、異なる言語を話す相手と意思疎通ができる。気持ちが通じる。その喜びは代えがたいものがある。

 

僕がそれを最初に味わったのは、中学2年生の夏休みに1ヶ月間、アメリカのシアトルの家庭にホームステイしたときのことだ。そのホームステイプログラムは、自分と同じぐらいの歳の同性の子がホストとしてつく家庭に入る。僕の場合も、同い年の14歳の男の子がホストだった。

 

とてもいい家庭でお母さん、お父さん、姉妹たちはとても優しかったのだが、残念ながら肝心のホストの子とうまくいかなかった。根はいいヤツなんだと思うが、気難しいところがあって僕に心を開いてくれない感じがあった。彼の友達グループと一緒にいても、あまり僕を輪に入れようとはしなかった。認められてないような感覚があった。

 

例えば、家に集まってゲームをしていたときも、その友達グループの中だけで楽しんで、僕だけやらせてもらえなかった。ちょっとしたイジメを受けているように感じて、かなりつらかった。

 

今にして思えば、何かをしたいなら「したい」と言えばよかった。自己主張するのが当たり前のアメリカ社会なのに、英語を話せない上にぜんぜん意思表示しない内気な僕に対して、彼もどう接していいかわからなかったのかもしれない。気難しくて気の強いアメリカ人中学生と、シャイで意思表示をしない日本人中学生。今考えると、仲良くなるのに大きなハンデを背負ったコンビだったかもしれない。

 

でも、1ヶ月の滞在期間の最後には、そんな悲しいすれ違いコンビにも変化が訪れた。

 

そのホームステイがいよいよ終わるころ、彼と一緒にプールに行った。シアトルの美しい郊外の景色を見渡せる、素敵な場所だった。泳ぎ疲れて、ふと二人でプールサイドに腰かけて休憩した。そのとき彼が、相変わらずの気難しい表情は崩さずに、でも優しい口調で訊いてきた。

 

「日本に帰りたいかい?」

 

僕は答えた。「いや、帰りたくない」

 

これは正直な気持ちだった。ほんの少しずつだが、彼と気持ちが通い始めたような、かすかな兆しが見えたことがあったからだ。なかなか仲良くなれず苦労したが、それでも彼と居て楽しいと思える瞬間もあったのだ。

 

すると、彼が言った。

 

「僕も、まだ居て欲しい」

 

彼のその言葉に驚いた。あの気難しくてなかなか相手にもしてくれなかった彼が、真面目な表情で僕に「まだ帰らないでほしい」と言ってくれたのだ。心の奥から、嬉しさがこみ上げてきた。
その言葉を聞いたとき、やっと彼から認められたような気がして嬉しかったし、満たされた気持ちになった。また、来たばかりの頃は全く英語が喋れず、相手が言ってることも殆どわからなくて黙りこんでるしかなかったのが、こんな意思疎通ができるほどにはなっていたのだ。自分の英語に成長を感じ、それにも驚いた。

 

あの会話が成立したときの嬉しさ、苦労が報われた気持ち、暖かい気持ち、彼の表情、そしてあのプールサイドから見えたシアトル郊外の美しい景色は、25年経った今でもはっきり憶えている。

 

僕の「インターナショナル人生」にとって、最初にして最大の成功体験だったのかもしれない。これがあったから、25年経った今でも英語、国際交流の憧れを追い続けている。

 

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